アメリカ臨床留学記

                            星 寿和(医、11期生)

卒業生、教職員の皆様、いかがお過ごしでしょうか。思えば早いもので日本を離 れて7年にもなろうとしています。その間フィラデルフィアにて5年の外科のレ ジデンシーを終え、アメリカ外科学会の認定医となり、現在はニューヨーク州の バッファローにて腫瘍外科の(Surgical Oncology)の臨床フェローとして忙し い毎日を送っています。

バッファローはニューヨーク州の西側にありニューヨーク市(マンハッタン)か らは車で6時間の距離があります。日本ではナイアガラの滝で有名な都市なので すが、こちらでは雪の多いことと、プロフットボールのBuffalo Bills、Buffalo Wingと言う鳥の唐揚げ、そして私のいる病院であるRoswell Park Cancer Instituteでよく知られています。Roswell Park Cancer Instituteは1898年に外 科医Dr. Roswell Park にて創設されたアメリカで最も古いCancer Centerで、 全米で34施設あるNational Cancer Instituteの指定した癌センターの一つでも あり、独立した癌センターとしては全米で第3位の規模を誇っています。現在の 建物は1998年に建てられたもので133床のベッドを持っています。Roswell Park Cancer Institute は5FUを大腸癌の治療に初めて使ったことや、PSAを発見し前 立腺癌のスクリーニングに用いたこと、またPhotodynamic therapy(光療法)を 開発したことでも知られており、Western New York, Pennsylvania, Ohio, Canadaより多くの患者を引きつけています。

外科腫瘍学のFellowshipは、一般外科のレジデンシーが終わった後にさらに癌専 門の外科トレーニングを積むことを目的に作られたプログラムで、現在全米に1 3のアメリカ腫瘍外科学会(Society of Surgical Oncology)の認定したプログ ラムがあります。以前より腫瘍を中心とした外科のトレーニングプログラムはあ ったのですが学会より認められたFellowshipに発展したのはつい最近のことのよ うです。通常2年間のトレーニングの間にHead and Neck, Thoracic, Upper GI, Colorectal, Endoscopy, Melanoma and Sarcoma, Breast, Radiation oncology, Medical oncology, Pathologyのローテーションを行います。ほとんどの他施設 のフェローシップのプログラムでは6カ月間の研究が課せられているのですが、 Roswell Parkでは2年間の臨床研修となっています。

Life of the Fellow
Fellow の朝は早い。滋賀県の延暦寺には、千日廻峰行というお坊さんの厳しい 修行がありますが(千日間、雨の日も、風の日も、雪の日も休むことなく朝の4 時から山中に点々とある祠をまわってお経を上げていく修行)外科のトレーニン グは何かしらこの行を思い起こさせるものがあります。手術のある日は(週に2 ー3日)7時15分までに患者の回診を終えなければならないので、6時過ぎに は病院に入らなければなりません。それ以外の日はカンファレンスがあるので7 時半までに回診をすることとなります。(患者さんも朝早くに起こされるので大 変である。)4人から多いときで10人程度のカルテの記載をし、その日のオーダ ーを書いて行きます。手術日はそのまま手術室へ行くことになり手術が終わるま で出てこれないのですが、その間も病棟やICUよりポケベルで呼ばれることとな ります。

一週間の内、3日の手術日があり、手術は朝7時半より始まります。患者さんは 手術の当日に病院に入ってくるため、朝の6時には病院に入り術前の麻酔科の診 察を受けています。手術は基本的にAttending Surgeon(指導医)とFellowの二 人で行われ、Fellowが術者を務めAttending Surgeonが助手となります。膵頭十 二指腸切除などの大きな手術でも二人で行うのが普通です。日によっては肝切除 等を2例続けて行うこともあります。日本では静かに手術をするのが普通です が、こちらでは音楽をかけながら(それも結構大きな音で)手術をする外科医が 多く驚かされます。Roswell Parkでは歴史的に腹部腫瘍においてリンパ節の郭清 を行うのが標準であり、日本の癌の手術に非常に近いと思います。乳ガンの手術 についてはneedle guided biopsyの頻度が高く、縮小手術(Lumpectomy+axillary node dissection)がほとんどです。またSentinel node biopsy等もStagingの方 法として積極的に用いられています。

手術日以外の日は外来にいるのですが、新患を含めて一日に40ー50人の患者 を2人の医師で診ていきます。新患には1時間の時間が当てられており、その時 間の中で診察をし、紹介医よりの情報を整理し、治療方針を決めていきます。ア メリカでは患者に対して説明をかなり詳しくするので(本人に対して予後を含め て)時間がかかることとなります。患者にとっては説明を受けた上で納得して治 療を受けられるという意味で非常によいシステムであると思います。特にcancer centerに紹介されてくるような患者さんは複雑な問題を抱えていることが多く、 説明のために時間を割くことは大事です。手術が必要であると判断されると外来 にて必要な検査が行われます。日本のように入院をして検査をするのではなく、 外来でCT等の検査も行われます。循環器等にに問題のある患者さんは術前に、他 科コンサルトが出され該当科にて必要な検査を受け手術が可能な状態であるかを 判断されます。多くの症例は後ほど述べるmulti-diciplinary conferenceにて検 討され、どの治療が最適であるかを判断されます。

ICUは8床有り、ICU医と患者担当のFellow またはattendingが相談をしながら患 者管理を行います。術後の管理はFellowが中心になり行われ、Attendingは毎 日、一日の終わりに回診をし患者の治療方針を決めていきます。患者の退院の時 期等もFellowが責任を持って決めることとなっています。入院期間は肝切除では (葉切除)で7ー10日、膵等十二指腸切除で10ー14日程度で日本に比べて 格段に短くなっています。その理由はいくつかあるのですが、一つは入院費用が 格段に高く保険でカバーされなくなるためであり、また在宅看護などのBack up も整っている為でもあります。

また、Fellowは週にほぼ2ー3回(2ー3日おきに)Service のcallを執ること となります。Callの日は病棟、ICUはもちろんのこと、退院した患者さんや外来 で診た患者さんより様々な電話がかかってくることとなるので大変忙しいのです が、これ以外の日は一日の仕事が終われば呼ばれることもなく、自分の時間を持 つことができます。

Multi-diciplinary conference
Multi-diciplinary Conferenceはいわゆる合同カンファレンスで、外科、内科、 放射線治療、病理、放射線科が集まり、主に新患の治療方針を決めてきます。こ のカンファレンスは各臓器ごとに行われFellowにとっては最も価値のあるカンフ ァレンスでもあります。話される内容は治療方針だけにとどまらず、最近の文献 から臨床治研のプロトコールまでも含まれています。Fellowはカンファレンスの 進行役を負かされることがしばしばあり、この様な形でもいかにカンファレンス を運んでいくかという教育がなされます。日本では各科の壁が厚いのでこの様な カンファレンスをすることが難しいのではないかと常々思います。

Teaching lecture
Fellowは患者との直接の接触によって学んで行くほかに、Teaching Lecture (or Didactic lecture)からも多くのことを学びます。 毎週土曜日の朝にはjournal clubというlecture が有り、自分の属している臓器 の癌に関して最近の新しい知見や、今の標準的治療の根拠となった論文を attendingと論議します。Fellowはこの中で論文を批判的に読む姿勢を身に付け ると同時に、主要な論文に一通り目を通すこととなります。またattendingの違 った視点からの意見によって今後の研究課題が浮かんでくることもあります。 火曜日の夕方にはMrobidity and Mortality conferenceが有り、このカンファレ ンスではその前の週に起こった合併症や死亡症例を検討し、どのようにしたら防 ぐことができるかを討論します。この様なカンファレンスは日本では往々にして 罪の擦り合いや、個人攻撃の材料となるのですが、こちらでは失敗の中から学ぶ という姿勢が強く、ひとりの医師を槍玉に挙げるということはまずありません。 こちらでよく言われる"Good judgement comes from experience, and a lot of that comes from bad judgement"(良い判断は経験からくる、そしてその多くの 経験は間違った判断から学んだことである。)という言葉がその姿勢をよく物語 っていると思います。ここでもEBM(Evidence Based Medicine)が強調され現在の 標準的治療より逸脱した場合は自分を正当化する理由を求められます。 水曜日の朝はGround Roundが有り、著明な医師を外の施設より招きLectureを行 います。自分の施設との違いを認識し、新しい知見に触れることにより大きな刺 激を受けます。
このほかに、Fellowによるlecture seriesやinformalなattending による lectureが有り、特に未だ結論のでていないtopicについて議論を行います。 FellowによるLectureでユニークなのは、内科と外科のFellowが境界領域の疾患 について内科は内科的治療を、外科は外科的治療を支持する立場で討論をするも のです。討論の中でどちらが正しいという結論はもちろんでないのですが、その 過程で提示される様々なデータから何が問題なのかを学んでいきます。

なぜアメリカでの臨床研修か?
アメリカで外科の研修をしたいという話をよく聞ます。私自身もそう思っていた 一人なのですが、それはなぜなのでしょうか。日本の医学は世界でもトップレベ ルであるといわれています。外科に関していえば確かに手術や診断にかけてはそ うであろうと思われます。しかし、医学の教育に関してはまだアメリカの水準に 達していないのではないでしょうか。様々な理由があると思われるのですがやは り教育にかける労力が、日本では正当に評価されないということがその大きな部 分を占めるのではないでしょうか。 また、アメリカでのFellowshipでは手術手技もさることながら、その背景にある 科学的根拠(いわゆるEBM; Evidence Based Medicine)を知っている事にも非常 に重きを置かれます。そのためにカンファレンスは手術室で過ごす時間と同じぐ らい、時にはそれ以上に貴重です。この様な系統的な教育は日本のシステムの中 では残念ながら受けることが難しいと思われます。 Multi-diciplinary conferenceは患者の治療の根幹であると共に、Fellowにとっ ては教育の場であり、attendingにとっては自分の専門領域を越えた部分の最新 の情報を得る場でもあります。この様なカンファレンスが日本でも広く行われる 様に願って止みません。 アメリカでのレジデンシーを含めた7年の外科のトレーニングの中でいかに臨 床、教育、研究の3分野をバランスよくこなすことが難しいかを目の当たりにし ましたが、一方でその重要性にも気付かされました。将来Academic Surgeryに留 まりたいと思っている私にとってこれらの経験はかけがいのないものでありまし た。 最後に、この様な経験が出来たのは多くの人が手を差し延べ手くださったからで あると感じています。忙しいトレーニングの間、私を支えてくれた多くの人に感 謝を記しこの稿を閉じたいと思います。

略歴