12期生、平成4年卒の猪木と申します。この度、私の米国における研究を評価して頂き、湖医会賞を頂く事になりました。身に余る光栄と感謝しております。御推薦頂いた、古家大祐先生(内科学講座講師)、また選考委員の諸先生方には心より御礼を申し上げます。また何よりも、私の米国での仕事を母校の皆様に紹介出来る機会を頂き、大変うれしく思っています。ここに「湖医会賞を受賞して」、を題して原稿を書く機会を頂きましたので、どの様にして私の様な者がこの賞を頂くに至ったかを雑文ではありますが御紹介したいと思います。
学生時代、毎年、留年の危機に曝されながら、親切且つ、優秀な同級生、とりわけ現内科学講座 一色啓二先生(試験当日)、現大阪警察病院内科 藤田俊樹先生(勉強資料)、現妻 猪木敬子(試験前数日)の御援助のお陰で何とか6回生に辿り着きました。そして私が所属した勉強会は、同級生から心配される様なメンバー(今では皆、大変立派に成られています)が集まったテリブルな体育会系勉強会でした。そしてその勉強会のメンバーから「大丈夫?」と心配されながら私の選んだ入局先は、基礎研究を活発に行っていた滋賀医大旧第三内科でした。
第三内科を選んだ理由は今から思うと3つありました。
第一は、基礎医学研究を仕事にしていた父親を見て育ったことから、自分もなんらかの研究をしてみたいが臨床も捨てきれないという欲張った考えから。第二は、尊敬するサッカー部の先輩(現阪本医院院長 阪本勝彦先生、現救急診療部助教授 寺田雅彦先生)が第三内科で活躍されているのを見て驚いた事。そして第三に、当時助教授をされていた吉川隆一先生(現滋賀医大学長)に三内に来てもよいと言って頂いた事でした。学生時代、プラカンの発表数日前に、担当教官であった吉川先生に医局に呼び出され、先生を前に「吉川先生はおられるでしょうか?」と質問した私に「吉川はわしや、お前は誰や」と、どやされた事をよく覚えています。このような自分の入局志願を快く?(おそらく入局者集めに困っていたのでしょう)受け入れて頂いた事に、うぶであった私は「三内で頑張ろう」と、意気込んだ事を覚えています。入局後は、予想通り大変な日々が待っていました。知識不足を補う為に、毎日よく勉強しました。そして当時病棟主任をされていた寺田、古家、小島先生(現放射線基礎医学助教授)に臨床、研究の基礎を叩き込んで頂きました。
大学院に進学し、腎臓グループに入った私は、吉川隆一先生、羽田勝計先生(現旭川医 大教授)の御指導のもと、糖尿病合併症の発症機序について研究しました。この手強 い両者を前に行う毎週の論文紹介、研究結果の説明に、ストレス性胃炎を煩ったこと を覚えています。今から思うとあの4年間にどのように論文内容を端的に理解する か、またどのように自分の実験結果から生じるストレスに耐えるかを学んだ様に思い ます。
幸運な事に、羽田先生の御好意で約一年間、大阪大学微生物学研究所発癌制御部門(秋山研、現東京大学教授 秋山徹先生)に国内留学させて頂く事が出来ました。当時、癌抑制遺伝子、smallGTP蛋白の研究をしていた秋山研での研究は、今まで見た事もない新鮮また活発な物で、後ろのベンチで研究していた大学院生がScience 誌にacceptされるなど、一流の研究室を垣間見る事が出来ました。秋山研で、当時、最新の分子生物学手法であったyeastムtwoムhybrid法を学びました。
ギャンブル好きな私には財布の中身も減らないし、毎回何らかの結果(擬陽性蛋白)にワクワク出来る
ので、毎日の実験に熱中しました。残念ながら結果は坊主でした(今から思えば当たり前ですが)。また秋山研で学んだ知識、研究手法を「糖尿病合併症の発症機序」という滋賀医大での研究テーマに直接生かすことは、当時の私には出来ませんでした。しかしながら、この秋山研での研究経験と三内で叩き込まれた研究精神は、現在米国での仕事のbackboneになっている事は間違いありません。この様な展開で、私の興味はますます基礎研究に傾き、留学先に本場の基礎研究が出来るミシガン大学の生化学部(Guan教授)を選びました。
Guanラボでの私の研究テーマは、インスリンの下流で働く癌抑制遺伝子、TSC蛋白(結節性硬化症蛋白)の機能解析でした。丁度私が留学先を決めた頃、TSC蛋白がインスリンの細胞増殖作用を抑制する事がショウジョウバエで遺伝学的に証明され、またこの仕事がGuan教授の友人のラボで行われたと言う事もあって、私はラボ入りするや否や慌ただしく実験を開始しました。一年後、私達はmammalian細胞でTSC蛋白が蛋白合成を活性化するTORを抑制している癌抑制遺伝子である事を証明し、また成長因子、インスリンはprotein kinase B(Akt)を介してTSC蛋白の機能を直接抑制していることを発見し、Nature Cell Biology誌に発表しました。TSC蛋白はsmallGTP蛋白を抑制するGAP構造を持っており、またTORはインスリンのみならず栄養(アミノ酸、糖)によっても活性化されることから、酵母における栄養反応性smallGTP蛋白を検索し、RheB smallGTP蛋白がTSC蛋白の直接のtargetである事、またTORの新規活性化蛋白である事を発見しました(Gene&Development)。同時期、TORが細胞内のATP低下を認識して非活性化されると言う論文がScience誌に報告されました。頭の中がTSC蛋白でいっぱいであった私は、TORではなく、その上流のTSCが細胞内ATP濃度を認識していると考え、直ぐさま実験を開始し、TSC欠損細胞ではTORがATP低下を認識出来ない事を見い出しました。そして糖代謝に深く関わるprotein kinase、AMPKが細胞内ATP低下を認識し、TSC蛋白を活性化する事を発見し、Cell誌に報告しました。
現在TSC蛋白の非活性化は、腫瘍形成の原因のみならず、インスリン受容体の標的、IRS蛋白の非活性化も起こす事が証明され、TSC蛋白のインスリン抵抗性における意義が世界中で注目を浴びています。まさしく、私が大学院時代に秋山研で学んだ癌抑制遺伝子、smallGTP蛋白が糖尿病を代表する代謝疾患の発症機序に深く関わっている事が明かにされようとしているのです。
この米国での3年は、学生時代、麻雀に熱中した以上に研究に熱中しました。その結果、世界に通用する研究が出来る様になりました。学生時代、雀荘で身につけた集中力、忍耐力、勝負所、引き所は、満更捨てた物ではありませんでした。そしてこの10年間を振り返って、私の歩んだどのstepが異なっていても、現在の私の仕事はなかったと思います。これを考えると恐ろしく感じると共に、今までお世話になった同輩先生、また諸先輩先生に与えて頂いた数々の「機会」に感謝したいと思います。またこれらを良い糧に、更なる向上を目指したいと思っています。もし私が後輩の皆様に言ってあげられる事があるなら、目の前の興味に是非、熱中して見て下さい。(雀荘に通いなさいとは言えませんので)それが研究でも、臨床でも、たとえ娯楽と言われる物でも、今の自分の仕事に到底役立ちそうに無い事でも、その姿勢はきっと将来、何かをbreak throughする為に不可欠な要素になると思います。
最後に、現在、私のわがままを聞いて「私の熱中」を許して頂いている 現内科学講座教授の柏木先生と、今も援助し続けてくれている私の家族に心から感謝したいと思います。有り難うございました。